七、おわら風の盆 (縦書き)


   

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八尾の人は”おわら”をとても大切にし大好きです。”おわら”を生み、育んだこの「八尾の町」をとても誇りに思っています。
 二百十日日の初秋の風が吹くころ、おわら風の盆の幕開けを迎える。八尾の一年は「風の盆」のおわらから始まる。他の民謡のなかでも、際立って美しい。
毎年九月一日から三日にかけて行われるこのおわら風の盆は、今も昔も多くの人々を魅了してやまない。涼しげな揃いの浴衣に、編笠の間から少し顔を覗かせたその姿は、実に幻想的であり優美である。
 山々が赤くもえる夕暮れを過ぎると、家並みに沿って並ぶぼんぼりに淡い灯がともる。長い夜の町流しの始まりだ。唄い踊る、その町流しの後ろには、哀愁漂う音色に魅せられた人々が一人、また一人と自然につらなりだす。闇に橙色の灯が浮かび上がり、誰もがおわらに染まっていく。
 おわらは、とってもナイーブでデリケートです。おわらの衣装、楽器にはとても繊細な心遣いが必要です。ですから、たとえ小雨でも踊りは中止となります。
昔の面影を残す街並に明かりがともる頃、どこからともなく聞こえてくる三味線、太鼓、胡弓の音、それに合わせて哀調をおびた唄声が流れはじめると、街道から路地裏から踊りの列が舞い揃う。ぼんぼりとまん幕で彩られた街に編笠の波が流れてゆく。
 「唄い手」「囃子方」「太鼓」「三味線」「胡弓」のそれぞれがおわら節独特のハーモニーを奏で、「踊り手」はそれに合わせ町中を踊り歩く。楽器の奏者は、三味線を除き少数派で「唄い手」も良いところ寿命十年という。「囃子方」はコンダクター。独特の節まわしや唄や踊りの知識も必要とあって、誰にでもできるものではない。付け焼き刃的にいくら知識ややり方を習得しても、独特の音や情緒は醸しだせない。長年、八尾の土地に住まい、そこで生活し、八尾というものが体に染みついて初めてそれができるという。
 「胡弓」といえば、「おわら節」には欠かせない楽器である。しかし、現在奏することが出来る者はごく少数で、八尾町全体でも二十人程度。製作者ともなると、その工法の難しさからか、県内でも数えるほどしかいない。昔から、胡弓の奏者は楽器を自分で作ったもの。弾くときも昼と夜、内と外、民家と集会場とでは音が違う。環境に応じて楽器を弾き分けることができなければ、自分の思ういい音が出ない。納得できないのは、自分が一番よく知っている。
 新しい時代の息吹を吸収しながら生きるおわら風の盆は、これからも新しい変化を繰り返し、次の世代へと継承されていくことだろう。また、そう願わずにはいられない
おわら歌碑